CEOの年収2000万円ほか全社員の給与を公開中、Buffer創業者に聞く「過激な透明性」のワケ

以下の一覧表をみて見てほしい。これは現在急速に成長中の、とあるスタートアップ企業における社員全員の年収の一覧表だ。Google Docsを使って常時この表をネット上で公開しているのは、TwitterやFacebookへの投稿をタイムシフトで最適化するサービスを提供するスタートアップ企業の「Buffer」。株式の持ち分や、1株当たり評価額も書いてある。つまり、含み益も含めて、どのくらいお金をもらっているか、今後もらうことになるかが全部内向きにも外向きにも透明になっている。創業者でCEOのジョエル・ガスコイン氏の報酬は年額で17万5000ドル(約2050万円)、持ち株の評価額は、すでに2218万ドル(25.5億円)というのも分かる。

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Bufferでは、すべての報酬額を公開しているだけでなく、その算定式も同時に公開している。以下の表をみれば分かるように、役職、経験、居住地などに基く給与算定式もシェアしている。

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例えば、エンジニア職であれば、基本給は6万ドル(約708万円)。経験レベルに応じて10〜40%が加算される。また会社が小さなときに入社した人は、それだけリスクを取ったということで、その係数も掛け算する、といった具合だ。ほかにも会社の収益向上に応じて支払われるボーナスも役職ごとに定義されているが、このテーブルも公開している。

Bufferの30人強の社員は6つの大陸、11カ国、22都市に分散していて、居住地によって生活費が異なるため、それもA〜Dのランクに応じて6000〜2万2000ドルまで追加される。面白いことに、地価高騰の著しいサンフランシスコのエンジニアだけは別格扱いで、4万ドル(約470万円、月額換算で39万円)が加算されたりもする。表を見れば分かるとおり、ABCDというアルファベット以外にもSF Engineerという文字が並んでいるのが分かる。

こうした表は、人事部や経営層でなければ見ることのないものなので、なかなか見ていて飽きないが、なぜBufferは、このような過激な透明性を目指しているのだろうか。

来日中のBuffer創業者でCEOのジョエル・ガスコイン氏に、透明経営の哲学を聞いた。

いったんは導入したマネージャー職も廃止

Bufferの経営手法がユニークなのは、給料表の公開だけではない。組織がフラットで「マネージャー」という役職が存在しないという点も、一般的な組織運営とは違っている。

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「現在、社員は29人で間もなく31人になります。いちばん社員が多いのはアメリカの都市ですが、11カ国、22都市に分散しています。登録ユーザー数は200万人で、3万人が有料ユーザーです。ユーザーの分布はアメリカが半分、イギリスや日本も多いですよ」

「社員はサンフランシスコが多めですが、それでも4、5人。スペイン、カナダ、イギリス、南アフリカのケープタウンに2人ずつ、フランスに3人、チリのサンチアゴや中国の北京、台湾の台北に1人といったように非常に分散しています。でも、マネージャーは1人もいません」

「日本でも社員は探していますよ、もちろん。地域ごとに異なるサービスとのアライアンスなどは、その地域の人じゃないと分かりませんからね。ぼくはLINEがお気に入りのアプリですが、LINEなんかは日本の人じゃないとやりづらいでしょう」

「北京の人ならWeiboですね。北京で今度新たに加わった社員、彼自身はエンジニアなんですが、彼はWeiboとの提携を進めるかもしれません。最近ぼくたちの会社で新しく決めたのは、誰にも特定の肩書きを付けないってことです。だから、彼はビズデブをやるかもしれないし、マーケティングのためのブログをやるかもしれないし、地域ミートアップをやるかもしれない」

「最近のわれわれ気付きとして、肩書きは人を強く制限するということことがあります。肩書きを持つと、それを見て、肩書きから期待される動きをしようとするのが人間です。肩書きがアイデンティティになってしまうのです」

「でも、人にはそれぞれ提供できる様々な価値、発揮できる力があります。だからBufferは誰でもどんなアイデアでも言えるようにしています」

1人の人間が複数の役職を兼ねるのは小さな組織では当然だし、スタートアップ企業では良くある話。まだBufferが小さいからそうなっているだけではないのだろうか?

「ええ、数人とか10人ぐらいまでだと、どこの組織やスタートアップでも、そうやって複数の役割を果たすというのが自然でしょう。でも、組織が20人を超えてくると違います。実はわれわれも徐々に組織構造を増やしていったのです。いったんは、そういうふつうの企業やり方を試したし、マネージャー職も設けたのです。でも、ここ3、4カ月で再び元のフラットな組織に戻したんです。イギリスからシリコンバレーにやってきて、Bufferを2010年に創業するまでの間に、OnePageというスタートアップ企業に在籍していました。そのときも含めて過去数年に経験してきた伝統的な組織運営やり方に違和感を覚えていたんですね」

Bufferは、いま社員数が30人を超えたところであるものの、100人、200人、500人と社員が増えていっても、今のままフラットな組織運営を続けるだろうし、それは可能だと考えているとジョエルは言う。

「GitHubやZapposなどの例も似てるかもしれません。彼らの組織はフラットで、やっぱりマネージャーがいません」

たまたまインターネット企業の中に変わった会社が出てきていて、フラットな組織運営をやってうまく行ってるだけのように思えるが、ジョエルは今、まったく新しい組織運営の形態が広まりつつあり、Bufferでもそれを実践しつつ世に広めたいのだという。彼が言及するのはフレデリック・ラルーというベルギー出身の経営コンサルタントで、Bufferが実践している組織運営の新しいあり方は、「Reinventing Organizations」という本にまとめられている。

有史以来5000年、人類が経験した4つの組織運用形態

フレデリック・ラルーは、マッキンゼーでアソシエートパートナーを務めたのち、組織運営に関するアドバイザーをコーチとして活動している。この活動の中で、全く違う国や産業で、互いに存在を知らない会社や組織が、ある種の共通する組織運営の方法論に辿り着いていることに着目。その共通項をまとめた研究を書籍として出版し、講演などで話しているのだという。

少しBufferのジョエルの話からそれるが、ここでラルーの講演を概観しよう(ここに講演動画が公開されている)。

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ラルーの描く「新しい組織運営」は10年とか20年というスパンのトレンドの話ではなく、もう少し時間スケールの幅が大きい。彼は人類5000年の歴史には4つの組織運営の形態があったという。それぞれの形態が登場してブレークスルーを達成した段階で、人類は前段階では考えられなかったような生産性や大事業を可能にしてきたのだという。そして、いま現在5つ目の形態が出てきているという。

人類初期の組織は、現在マフィアやストリートギャングに見られる小グループの運営を行っていた。ボスがいて、恐怖による支配をするもので、常に恐怖を喚起する必要がある上に、いつでもトップがナンバーツーに後ろから刺されて体制が変わるという不安定さがあるため、規模の大きな組織にはならない。狼の群れのようなものだとラルーは言う。

人類2番めの段階は5000年前の農業革命で登場した。秩序と規則がある世界で、神がそれを与える。社会に構造がある。キリスト教会や軍隊、学校、政府組織といったものが、この段階で登場した組織で、このとき2つのブレークスルーがあった。伝達系統(レポーティング・ライン)というものが生まれた。キリスト教会でいえば、どうやって司教がローマ法王を殺そうかなんて、少なくとも普段は考えないし、ローマ法王はいちいち世界中の司教に会わない。もう1つのブレークスルーは、繰り返し可能なプロセスの発明だ。こうしたブレークスルーにより、ピラミッドや大規模灌漑システム、大聖堂などが構築可能になった。これらはマフィア型組織では想像すらできない偉業といえる。

その次に起こったのは、科学革命にともなう組織運営のイノベーションだ。観察と改善による生産性の拡大で、現在の多国籍企業やウォール・ストリートがこの段階で生まれる。この段階での最大のブレークスルーは、「イノベーションの発明」だとラルーは言う。キリスト教会や公立学校にR&D部門はないし、組織横断プロジェクトなどもない。説明責任や実力主義といったものも、この段階で取り入れられたものだ。司教にはKPIはない。また司教はローマ法王になれないが、多くの会社組織では、実力さえあればメールボーイから社長に登りつめることも現実に起こり得る。

情報や知識の重要性が高まってくるにつれて、次の4つ目の段階の組織運営形態が現れる。この段階の企業としてラルーが挙げるのは、スターバックスやサウスウェスト航空、Zappos、ベン&ジェリーズなどだ。それまでの組織は巨大な機械になぞらえられることが多かった。組織を「デザイン」するといい、組織の歯車という言い方もする。しかし、より新しい段階では、こうした製造業のメタファーよりも、人間のアイデアや思考といったソフトな面にフォーカスが当たる。たとえば価値観駆動の文化という特徴がある。上に挙げた企業群では、その企業が示す価値観について社員は冷めた態度を示さない。また、この段階にある組織は、大胆な権限移譲や、ステークホルダー型による運営という、前段階の組織運営と異なるモデルを採用している。この段階にある組織が口をそろえて言うメタファーは「家族」だ。

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狼の群れ、キリスト教会、多国籍企業、家族――。人類は4つの組織運営の形態を経験してきた。そして今新たに登場しようとしているのが、自律分散型の組織運営だというのがラルーの指摘だ。簡単にいえば、それは生物の個々の細胞のように自律分散して動くが、全体のシステムとして複雑な環境に適応できる全体性と柔軟性を持つということのようだ。これは現在の政府や大企業、学校といったヒエラルキーのある組織運営とはドラスティックに異なるという。

ラルーは、この段階の特徴を3つのキーワードで語る。

  • セルフマネジメント
  • ホールネス(Wholeness;全体性)
  • 進化的目的意識

事例として挙げるのは「Heiligenfeld」、「FAVI」、「Sounds True」、「RHD」、「AES」、「ESBZ」、「Buurtzorg」、「Patagonia」、「Morning Star」、「BSO/Origin」、「Sun Hydraulics」、「Holacracy」といった企業名を挙げる。聞きなれない名前が多いが、介護ケア、精神病院、自動車部品メーカー、メディア、電力発電、学校、小売、EC、IT、食品など様々な産業分野にまたがっている。

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これらは非常に変わった組織なので、ほとんど誰も注意を払っておらず、ときどきメディアで取り上げられるとしても特殊例として露出するだけなのだという。ただ、どの組織も、前段階の組織に比べて劇的に高いパフォーマンスを発揮しているというのだ。

例えば、オランダのBuurtzorgという介護ビジネス。もともと1人の看護師が病院を去って2006年に始めた近隣介護サービスの小さなグループだったが、2014年には8000人規模の組織となり、市場シェアでも70〜80%と同国のトップに立っているという。8000人の社員がいるが、マネージャーはいないし、階層型の組織構造もない。10〜12人が地域に根づいた介護サービスを提供し、その上、それぞれのグループが自律的に採用や計画作りをやる小さな会社のように動くのだという。それまでの大組織によるサービスでは、訪問先の老人の個別事情にも疎いまま医療行為を行わざるをえず、ロボットのようにマニュアル通りの対応しかできなかった。それがBuurtzorgでは地域に根ざして人材が固定化した結果、顧客の老人とコーヒーを飲んで悩みを聞く時間すらでき、看護師、顧客ともにハッピーになっているのだという。

Burrtzorgの拡大フェーズでは、どうやったら小さなグループで上手くサービスを運営できるかを、すでにサービスを行っているグループが教えたのだという。

計画経済が残る一部例外的国家をのぞいて世界経済にはボスがいない。交通システムには中央ですべての車両に指示を出す司令塔もない。人間の細胞の中にはボスはいないし、脳にCEO細胞はない。誰も事前計画など作らないのに、きわめて複雑なシステムとしてうまく回っている。こうしたシステムにあるのは調停などの仕組みと、一群のルールだ。ラルーが多数の新型組織から抽出したのは、これらのルールだ。いきなり従来の階層型組織を分解しても、それはカオスを生むだけ。新型組織の多くは似たルールにたどり着いていた、という。

例えば、階層構造なしに、どうやって意思決定をするのか。従来の発想だと階層によるトップダウンか、ボトムアップによる合意かという二択に思える。しかし、新しい組織はどこも「アドバイス・プロセス」にたどり着いていた、という。階層型の承認プロセスに慣れていると驚くが、こうした組織では、誰でも、どんな意思決定でもできるのだという。たとえ、会社のお金を使うような意思決定であってもだ。ただし、事前に「当該分野の専門性を持つ人の意見を聞くこと」と「その意志決定の影響を受ける人の意見を聞くこと」が条件となっている。これによって組織にとって必要なことなら誰でも何でもやっていいというルールが採用されている。

給料決定のプロセスでも、かつてはボスが昇給やボーナスを決めていたが、新しい組織では違う。例えば1970年創業のトマト関連食品で大きなシェアを持つ北米企業のMorning Star。この会社には、どの工場にも工場長はいないという。従業員は、自分自身で「今年は自分にx%の昇給を認める」という推薦文を書く。次に工場の従業員の中からコミッティーを選び、この人たちが全員分の推薦文を並べて「多すぎだ」「もう少し上げた方がいい」とアドバイスを出す。驚くべきことに、多くの推薦文は妥当で、わずか1%の人だけが修正アドバイスを受けるという。人々は自分の給料について、きわめて正確に見積もることができるというのだ。給料も含めて、こうしたプロセスはすべて透明に行われているという。

会議運営でもユニークなやり方が見られるという。多くの組織での発言はキャリア上のエゴから発したものが議論となって非生産的になることがある。それを防ぐために、鐘を鳴らす担当者だけを決めておき、誰かがエゴから出た発言をしたときに、チーンと鐘を鳴らして数秒間の沈黙を強要することで、エゴなしの、組織全体の目的や、価値の実現のための議論ができるようになるという。意見を取りまとめる上司はおらず、政治的駆け引きも起こらない。

ストック・オプションは選択制で、持株比率も全て公開

さて、Bufferのジョエルの話に戻ろう。

Bufferが給料表の公開以外にも、ストック・オプションか給料かを選択制にしているのも、多くのスタートアップ企業と異なるところという。個々の社員の選択やその結果についても全て透明になっている。

急成長を目指すスタートアップ企業ではストック・オプションを用意することが多い。会社が成長して買収やIPOといったエグジットに成功したとき、創業者はもちろん初期社員や一般社員であっても莫大なキャピタルゲインが得られる。シリコンバレーで大きなIPOがあると、受付嬢ですら数億円というような話がある。ニンジンをぶら下げられて走る馬のようなやり方ばかりじゃない、とBufferのジョエルは考えているそうだ。

joel02「Bufferに入社する社員は全員、45日間はブートキャンプ期間です。その45日の最後にカルチャーフィットを見るようにしています。Bufferは文化も経営もクレイジーな面がありますからね(笑)、ちゃんとお互いに相性が合っているかを見ます」

「このとき、毎年1万ドルを給与として受け取るか、エクイティ(株式)を受け取るかを選べます。サンフランシスコではいま、最後にやってくるかどうか分からない「究極の給料支払日」に向けて健康を害しながら、とても安い給料でがむしゃらに2、3年ほど働くということが多い。そういうシリコンバレーのモデルには共感できません」

一方で、エクイティを受け取った場合であっても、それが一定期間ごとに現金化できるようにしていくという。

「最近また3500万ドル(約4億1000万円)の資金を再度調達をして流動性が出たので、ぼくと共同創業者のリオ、ほかの何人かのメンバーは経済的に報われました。ストック・オプションにもちゃんと意味があるんだよ、と示せたと思います。会社のバリエーションもちゃんとやることで、Bufferが順調に成長していることも示せるのです。Bufferでは、バリュエーションも株式のシェアも全部公開しています」

「すでに買収も話が来ていますが、すべて断っています。むしろ、自分たちが生きたいように生きられる選択をしようということなんです。だからBufferは収益があるので本当は資金調達の必要性はないのだけど、3年おきに資金調達をして流動性を持たせ、ちゃんとストック・オプションを現金化して社員が報われるようにしたい。住宅ローンを支払ったり、子どもを大学へやる学資金にしたりね」

毎月の給料を含む報酬体系と、その実績などを公開した結果、Bufferには世界中から優秀な人材が集まっているという。

サービス利用者に対しては、売上の使い道の内訳も公開

社内の仕組みや情報が透明であるだけなく、Bufferではサービス面でも透明性を上げている。

「サービス面でも透明にしています。例えばサービスの料金ですね。SaaSにお金を払っている場合、そのお金が何に使われいてるのか、一般ユーザーはふつう知ることができません。ぼくらは全部ブレークダウンして、サーバーにいくら、人件費にいくらというのを公表しています。この内訳情報は6カ月ごとに更新していますが、できればリアルタイム更新にしたいですね」

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「収益については、リアルタイムでダッシュボードを公開しています。この図を見ると収益が少なく見えるかもしれません。でも、収益率って定義がいろいろあります。多くのスタートアップでは給与をのぞいた計算をしているので90%とかの収益率になりますが、ぼくらは給料も全部計算に入れた上に、新規開発にも投資しているので、実際には収益率は高いのです」

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こうした透明なやり方は、ほかの会社でも適用できるだろうか?

「どこまで透明にできるのかっていうのは興味深い問題です。社内だけの問題でなくなるからです。われわれが取引をするサプライヤーやパートナーの中には、ぼくらが何にいくら払っているのかを公開してほしくないという企業も少なくないんです。ぼくらはコストについても透明にやりたいけど、できていません」

「隠そうとするのは自然なことです。なぜかというと、価格は固定ではなく、顧客によって変えているからなんですね。個別のクライアント企業に、違った料率の割引を適用した見積もりを出したりしますよね。Webサイト上には何の料金情報も出ていなくて。1000ドルや2000ドルといった月額であっても、そういう企業は多いです」

「いつか、完全に透明になれるときがくるのかもしれませんし、そのときには誰にとっても良い話になると思うのですが、今のところ透明性に欠けるのがふつうです。なぜこうなっているかというと、不透明でいるほうが短期的には売上が伸びるからなんですね。でも、長い目でみれば、透明性によって信頼を勝ち得ることができるはずです」

「別の例を出しましょう。もしBufferが誰かにとって最適なプロダクトじゃないとなれば、たとえ競合サービスであっても、われわれは他のプロダクトを勧めますね。このやり取りで信頼を得られれば、そのユーザーは、もしほかの誰かにとってBufferが適していると思えば推薦してくれるかもしれませんよね?」

「実際にサービスを使わなくなったものの解約を忘れている幽霊会員がいます。収益の大部分を、こうしたユーザーから上げているような会社というのも多くあります。もし有料会員が2、3カ月まったく使ってなかったら、どうするべきか。最近、このことを社内で議論しました。今のところ手作業ですが、ぼくらは通知をしています。この通知は自動化するべきだというふうに思っています」

「最近、非営利組織についてはサービスを5割引きにするとアナウンスしたんですね。すると、ある社員が、すでに利用中の非営利組織についても、さかのぼって払い戻すべきではないかと言いました。それで、ぼくらは実際に数カ月分を払い戻しました。17カ月分の払い戻しをしたという例もあります」

「使っていないサービスが課金されている状態をユーザーに通知をしないなんて、維持可能なビジネスじゃないと思いますね。ぼくもイギリスの通信キャリアで支払いを求められたことがあります。契約上は請求も当然だし、ユーザーが悪いといえばそうなんですが、契約だからといって例外なしに利用実績のないサービスに対して課金をするのなんてクールじゃないっていう時代になると思います。SNSがこれだけ広く普及している時代、誰でも声を上げることできます。何かのサービスでイヤな体験をしたら情報発信ができるので、SNSは透明性を加速する方向に働くと思います」

Bufferでは昨年、システムに不正侵入を受けたが、これについても2日以内に全情報を公開したという。隠し事をしない、透明性を高めるというのを徹底している。ジョエルは「誰に何を言ったのか、言ってないのかを覚えておくのは大変ですからね」と笑う。

「給料一覧と算定式を公開したことで、たくさんのメールをスタートアップ企業から受け取っています。お前のところの算定式使ってるよ、ということを言って感謝の言葉を受け取ることも良くあります。Bufferが500人ぐらいの会社になっても、今と同じようにフラットで透明性の高い経営をしていきたいですね。ぼくはBufferは、ほかの企業や、世界全体に良い影響を与えることができると思っています」

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面倒なパスワードや指紋認証がいらなくなる!? 心臓の鼓動で生体認証する「Nymi」とは?

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私たちが、肌身離さず持ち歩き、毎日幾度となく触るスマートフォン。毎日、何時間とにらめっこしているコンピューター。これでもか、というほど使っているにも関わらず、私たちは、自分が持ち主であることを証明するために度重なるパスワード入力や指紋認証を余儀なくされています。そんなの馬鹿げている、と立ち上がったのが、2011年に設立されたカナダの企業 Bionym社です。

CEOのKarl Martin(カール・マーティン)さんが率いる40名のチームが開発するのは、リストバンド形状のウェアラブル「Nymi(ニーミ)」です。Nymiは、人それぞれに固有だという「心臓の鼓動」を使うことで、生体認証してくれる画期的なウェアラブルです。2014年内には初期出荷を予定するNymiについて、マーティンさんにお話を伺いました。

 

面倒なパスワード入力や指紋認証を排除

-ウェアラブルプロダクトNymiの概要を教えてください。

Nymiは、心臓の鼓動を用いて生体認証を行うリストバンドです。人間の指紋が人それぞれ固有のものであるように、心拍のリズムも同じく個々人で固有です。この心拍のリズムを活用することで、指紋認証や顔認証のように個人を特定することができるのです。Nymiのリストバンドをつけているだけで、デバイスの認証解除から、家やオフィスの扉のカギなど、物理的な空間のロック解除もできます。

 

-Nymiと、その他のテクノロジーとの違いはどこでしょうか?

Nymiの特徴は、「持続性」のコンセプトにあります。Nymiの初回利用時に設定をして手首につければ、それをつけ続けている限り、常に認証された状態です。つまり、Nymiをつけている間は、パスワード入力などを一切する必要がないのです。また、あなたがNymiを外して、それを誰かが拾ったとしても、手首から外すとユーザー認証が解除されるため、登録していない他人がつけても認証される心配はありません。

 

-Nymiをつけていることで、自分のことを伝えたくない先に、自分の情報が渡ってしまうようなことはないのですか?

プライバシーは、非常に重要な問題です。もし、Nymiを正しく開発できないと、プライバシーを大きく侵害してしまう可能性があります。Nymiが重要視するのは、「ユーザーにコントロールを与えること」です。スマートフォンや決済システムなど、Nymiに連携するすべてのデバイスは、あなたがオプトインして設定するものです。もちろん、不要になれば設定を解除できます。また、Nymiと連携させているアプリケーション同士がつながって、個人を特定する心配もありません。

 

-例えば、病気だったり、走った直後などでも、Nymiは問題なく動作するのでしょうか?

はい、さまざまな心拍のリズムを読み取ることができるため、問題ありません。ここは勘違いされることが多いのですが、そもそもNymiは四六時中、持ち主の心電図を測っているわけではないのです。心電図を測るのは、あくまでNymiを着用した初回時のみです。その後は、それをつけている限り、あなたを認証し続けるという仕組みです。ですから、運動をしてどれだけ心臓が早く打っていようと関係なく機能します。

 

生体認証の根本的な課題解決がしたい

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-Nymiは、開発当初、トロント大学の研究の一環として始まったと聞きました。マーティンさんも、その研究に携わっていたのですか?

そうですね。今はもうBionymを離れてしまった、わが社の共同ファウンダーと共に、私はバイオメトリクス(生体認証)の研究をしていました。Nymiの心電図(ECG)認証の技術は、この研究から生まれたものです。当時はまだ単なるアルゴリズムでしたが、その技術を買って、Bionymを立ち上げたのが3年半前です。最初は、技術のライセンス販売を検討していましたが、立ち上げから2年ほどして、ウェアラブルという形状にして製品化することを決めました。

 

-Nymiをウェアラブルにしようというアイデアは、どうやって生まれたのですか?

私たちは、この技術をうまく活用する方法を模索していました。例えば、ビデオゲームのコントローラーに搭載してみようとか。でも、結局、どれも「人が認証される」という行為を根本的に変えるものではなく、また、人とテクノロジーとの接し方を変えるようなアイデアではありませんでした。例えば、iPhoneなどのスマートフォンは指紋認証ができますが、四六時中ポケットに持ち歩いているデバイスにも関わらず、触る度に指紋認証をして、自分が持ち主であることを証明する必要があります。生体認証にまつわる根本的な課題解決ができなければ意味がない、と考えるようになりました。また時を同じくして、市場ではウェアラブル技術への関心が高まっていたので、「根本的な解決とウェアラブルを組み合わせたら?」と考えたことがきっかけでした。

 

-Nymiの構想を具体的に製品化するための資金調達はどうしましたか?ハードウェアスタートアップには、Kickstarterなどのクラウドファンディングを使うところも多いようですが。

まだ構想のみで、プロダクトが存在しなかった2013年8月に、拠点であるトロントの出資家たちから140万ドルのシード投資を受けました。さらに、今年5月と8月の2回に分けて、シリーズAを調達しています。私たちがしたかったのは、資金を調達することではなく、Nymiの需要がどれだけあるかを立証することでした。ハードウェアは、ソフトウェアのように簡単にピボット(方向転換)できませんから。それをKickstarterで行うのか、それとも独自にサイトを立ち上げて事前予約を受けるのか。Kickstarterを使ってしまうと、予約の時点で既に支払いを済ませている人を1年もの長い期間待たせてしまうことになると考え、自社で行うことにしました。

 

デベロッパーキットの提供で広がるNymiの可能性

-最初は、スマートフォンとコンピューターの生体認証に使えるということですが、今後、そこにいろいろなデバイスが追加されていくのですか?

そうですね。現時点では、スマートフォン、コンピューター、そしてタブレットが対象です。でも、カナダでは、Mastercardや地元の銀行などと組んで、お店での購入時に、クレジットカードやキャッシュレスで支払えるプロジェクトを試験運用しています。今後、このような試みを増やしていく予定です。また、Nymiのデベロッパーコミュニティがあるので、個人の開発者などがNymi専用のさまざまなアプリケーションを開発してくれています。

 

-当初から、デベロッパーキットを提供して、オープン プラットフォームの形で開発を進める方針だったのですか?

もちろんです。Nymiの価値は、そのプロダクトそのものより「いかに多くのアプリケーションと機能するか」だと考えています。Nymiは、ただ、ものやデバイスのロックを解除するためのツールではありません。むしろ、「パーソナライゼーション」にこそ、可能性を感じています。2013年9月に試験リリースして間もなく、デベロッパーコミュニティを開設しました。いろいろな方に、少しでも早くNymiのアプリケーションの可能性を考えてもらうためです。既に、個人デベロッパーから、オフラインの家庭やオフィスのセキュリティを事業にしているような企業まで、さまざまな方が参加してくれています。

 

-パーソナライゼーションというのは、具体的にどういったことですか?

現在は、自分が自分であることを証明するために、パスワード、PINコード、キーといったものが存在し、ユーザーの労力を要します。それが手間であることを理解しているため、どうしても必要な時にだけ確認をする仕組みです。もし、本人確認を、ただ何かを身につけるだけの簡単なものにできれば、そこから、さまざまなものをパーソナライズするために使えるようになります。例えば、レストランに入るとすぐに、あなたの食の好みやアレルギーがわかったり、スマートオフィスに足を踏み入れれば、あなたの体調などに合わせて室温が変化したり。そんなあらゆる可能性を実現するためにも、デベロッパーコミュニティの皆さんの創造性を発揮してもらいらたいと考えています。

 

ハードウェア開発はやりがいのあるチャレンジ

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-Nymiを開発する上で最も難しかったことを教えてください。

ウェアラブルテクノロジーが必ず直面する課題の1つは、人間の身体サイズの幅です。リストバンドの大きさなど比較的シンプルなことですが、Nymiの場合、それに加えて、シグナルを使って心拍のリズムを測るため、どんな身体でも機能するセンサーを見つける必要がありました。また、ウェアラブルは肌に直接触れるものですから、アレルギーを持つ人が使えないのでは困ります。実際、Fitbitは、ニッケルを使用していたためアレルギー反応を起こしてしまうという問題がありました。こうしたさまざまな課題を、まだNymiを実際に使っている人が少ない状態でクリアするのは難しい挑戦でしたね。

 

-最近では、ハードウェア系のスタートアップがたくさん登場していて、もの作りがしやすくなったという声があります。Nymiの開発を通じて、その点はどう感じますか?

スタートアップというのは、何もないところからプロダクトを作って、それを市場に届けることですよね。過去10年間に誕生したスタートアップのほとんどが、ソフトウェア関連でした。SaaSなら、コンピューターにインストールしてもらう必要すらないため、一層やりやすいものです。一方、ハードウェアとなると、また話は別です。世間では、ハードウェアを作るのが簡単になったという意見もあるようですが、それはあくまで3D プリンティングやRaspberry Piなどによって、「プロトタイプの開発」が楽になったに過ぎません。消費者に届けられるプロダクトを開発する難しさは、過去も今も変わらないでしょう。資金も経験も必要でチャレンジもたくさんありますが、まだ世にない全く新しいものを届けるチャンスだと捉えています。

 

-「ウェアラブル」という言葉がバズワードのようになって久しいですが、ウェアラブルはこれからどうなっていくとお考えですか?私たちの生活に浸透するまでに、どれくらいかかるでしょうか。

ウェアラブルテクノロジーは、まだまだ新しい概念です。開発初期、Nymiがウェアラブルであることを人に紹介すると、「既に色んなウェアラブルがあるのになぜ?」と聞かれました。確かにさまざまなプロダクトが存在しますが、まだ、これといって浸透しているものはなく、人の「手首」という部位をどんなプロダクトが勝ち取るのかは見えていません。それはApple Watchかもしれないし、Samsungのスマートウォッチかもしれない。また、今後はファッションブランドがウェアラブルを手掛けるようになると思っています。現在、この領域に挑戦するのはテクノロジー企業ですが、ファッション性が弱い。ファッションブランドが、人が身につけたくなるようなウェアラブルを開発するのではないかと見込んでいます。

 

既存インフラとの組み合わせにある可能性

-Nymiの出荷予定時期は? また、社内では既に使っていますか?

年内には、事前予約をしてくださった方々に出荷する予定ですので、一般の利用者からのフィードバックが集まるのはそれ以降ですね。社内の人間は、既に使っています。今はNymiで、スマートフォンとコンピューターのロック解除ができるので、社内ではWindowsのコンピューターを認証するために使っています。Nymiをどう活用するかのアイデアはたくさんありますが、ユーザーに実生活で使ってもらうことで需要を確かめることができると思っています。

 

-どんな人たちがNymiに興味を示していますか?特定の人たちからの関心が高いようなことはありますか?

まず、テクノロジーへの関心が高いアーリーアダプター(初期採用者)がいます。フィットネスや健康関連のウェアラブルはいろいろ存在するものの、Nymiのような生体認証をコンセプトにするものは他になく、試してみたいというユーザーさんが集まっています。また、置き忘れ時のセキュリティを懸念する、頻繁に旅行する人からの関心も高いです。スマートフォンをほぼコンピューターのように使っているので、万が一、それを落としてしまったりすると、他人に仕事のメールや口座情報を見られてしまうリスクがある。そんな、人によっては5年に一度発生するかしないかの可能性があるため、パスワードや指紋認証などが保険として存在するわけですが、Nymiがあればそんな手間からも解放されますから。

 

-Nymiは、今後もウェアラブルという形状で提供していくのですか?長期的な構想があれば聞かせてください。

今はリストバンドという形ですが、Nymiの技術がハードウェアの形をとる必要はないと考えています。もしかすると、サードパーティのウェアラブル製品に私たちの技術を搭載することだってあるかもしれない。そこにはさまざまな選択肢がありますし、そういう意味では、私たちが開発しているのはプラットフォームであるといえます。

 

-Nymiにとって、日本市場の可能性をどう感じていますか?

日本からも、かなりの数の事前予約が集まりました。また、リクルートから資金調達もしています。日本には日本の、ヨーロッパにはヨーロッパ独自の、交通手段や決済システムがインフラストラクチャーが存在します。特に日本のインフラは他国に比べても高度です。既存のインフラストラクチャーと組み合わせることでNymiの価値が高まると思っているので、日本の企業ともいろいろな可能性を模索したいと考えています。

 


世のすべての”充電切れ”をなくすワイヤレス電力「Cota」がIoT時代にもたらす変革とは

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スマートフォンに代表されるように、私たちの周囲には、ウェアラブルやIoTの製品がますます増えています。こうした電気機器と切っても切り離せないのが、充電の問題。とても便利なスマートフォンですが、充電が切れてしまえば全く使い物になりません。そこには、当たり前過ぎて、私たちが見過ごしてしまっている「不便」があります。

そんな課題に着目し、解決を試みるのが、ワイヤレス電力の「Cota(コタ)」です。その場にいるだけで電子機器が自動的に充電される世界。スマホを含むデバイスから、バッテリーアイコンそのものをなくすことを目指しています。TechCrunch Tokyo 2014でも登壇した、Cotaを手掛けるオシア社の創立者でCEOのHatem Zeine(ハッテム・ゼイン)氏にお話を伺いました。

 

デバイスからバッテリーアイコンをなくす

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-ワイヤレス電力の「Cota」の製品概要を聞かせてください。

Cotaは、世界初のワイヤレス電力テクノロジーです。スマートフォン、リモコン、Google Glassなどの小さなデバイスやウェアラブルを自動的に充電するため、充電切れの心配がありません。「充電する」という行為や手間を、完全に忘れさせてくれるのがCotaなんです。もし、スマートフォンを充電することを一切考えなくてよいとしたら、そもそもスマートフォンにバッテリー残量のアイコンすら必要なくなると思いませんか。常にフル充電の状態なのですから。

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-今は、デバイスを購入する際に、充電方式や充電の持ちを確認しますが、その必要もなくなりますね。

その通りです。現在、デバイスには、「インタラクティブ」と「アクティブ」の2種類があります。インタラクティブとは、こちらが起こしたアクションに反応して何かをするデバイス。アクティブなデバイスとは、こちらが何もしなくても常にONの状態になるものを指します。

例えば、スマートフォンは、インタラクティブなデバイスです。人から電話がかかってくれば反応しますが、それ以外の時は、電力を節約するために、基本はスリープ状態です。もしスマートフォンがアクティブデバイスになれば、電話中の会話をもとに待ち合わせの場所をレコメンドしてくれたり、身の回りの安全を確認してくれたりできるようになります。デバイスのあり方そのものが変わるわけです。

-なるほど。ワイヤレス電力によって、すべてのデバイスが「アクティブ」になる未来があると。まさにIoTの世界ですね。

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ある市場調査会社は、2020年には250億のIoTのデバイスが存在するだろうと予測しています。でも、250億ものデバイスのすべてを、電源に差し込む、今の充電方式で充電できるでしょうか。ワイヤレス電力であらゆるデバイスがアクティブデバイスになれば、例えば、フォークやナイフなどがすべてデバイス化して、食べているもののカロリーを計算したり、食べ物の熱さを教えてくれたりするかもしれません。それを実現するためには、充電の課題を解決する必要があるのです。

ウェアラブルから医療業界まで多岐にわたる需要

-Cotaでワイヤレス充電できる距離、また、複数デバイスがあった場合にどう充電されるのか気になります。

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まず、Cotaの充電ステーション(送電機)のうち、広い範囲をカバーできるタイプを「Local Area Charger」と呼んでいて、9メートルの範囲で電力送信が可能です。もう1種類は、オフィスの会議室のテーブルなどに配置できる「Personal Area Charger」で、2メートルの範囲で送電できます。iPhoneを持っている人が範囲内に入ると、自動的に送電が開始されます。

また、BLE(Bluetooth Low Energy)を使って、デバイス側(受電機)が送電機にバッテリー残量を伝えますので、バッテリー残量の少ないデバイスを優先的に充電できます。この優先順位は設定することも可能です。

-環境への優しさという点ではどうでしょうか?例えば、従来の乾電池などと比べた場合の電力の効率はどうですか?

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Cotaの充電式乾電池の提供も予定しています。従来の乾電池の形に、 Cotaの電力受信機を搭載したものです。今は、乾電池が切れてデバイスが動かなくなると、電池取り出して捨てますよね。実は、1本の乾電池を作るためには、乾電池の容量の2,000倍のエネルギーを要するんです。つまり、乾電池の節約は、それだけでエネルギーの節約になります。Cotaの充電式乾電池なら、半永久的に利用することができるため 、地球上に排出される化学物質の量を削減するグリーンエネルギーでもあるのです。

-ワイヤレス電力に関しては、人体への影響なども懸念されていますが、安全性の面はどうでしょうか?

既に、スマートフォンのメーカーなどと共同開発を進めていますが、安全性が確保できていない技術を取り入れる企業はいないでしょう。Cotaは、Wi-FiやBluetoothと同じ周波数を使って充電するため、人体に無害なのです。また、スマートフォンのエミッション信号が2ワットであるのに対して、Cotaは、その半分の電力レベルですので安全だと言えます。

-リリース初期段階では、どんなユースケースを想定していますか?

当初のターゲットは、消費者市場におけるウェアラブルデバイスやスマートフォンなどです。例えば、私もFuelbandなどのウェアラブルデバイスをつけていますが、充電することを忘れてしまうと元も子もありません。また、充電するために身体から外してしまうと、その間のデータ取得ができません。ウェアラブルデバイスの分野は、自動充電による利便性が特に高い分野だと認識しています。

-業界や企業による導入はどうですか? 特に関心が高い業界があれば教えてください。

特に、メーカーや小売り、また医療業界から関心が集まっています。メーカーなら、工場内のすべてのセンサーをワイヤレス電力で充電することも可能になりますし、医療業界では、患者向けの医療機器や手術用機器をワイヤレス充電する需要が非常に高いです。

現在、病院内のさまざまなデバイスは、バッテリーまたはワイヤー充電式です。コードの長さがネックになって、機器の配置や使い勝手が制限されてしまう課題があります。例えば、手術の現場では医療用メスが、血管を閉じて出血を抑える効果のある、熱を使う電気装置に置き換わっています。こうした電気装置をワイヤレス充電式に変えることで、より制限なく手術に望むことが可能になります。

 

不可能を信じさせるという最大の課題

-Cotaを開発するに至った背景を教えてください。

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私はマンチェスター大学で、物理学の研究をしていました。物理学は私にとって情熱そのものです。データコミュニケーションの品質を向上させる方法を模索している最中に、エネルギーをうまく集中させてシグナルを鮮明にすると、膨大な量の送電が可能になることを発見しました。それが、Cotaのワイヤレス電力の発想につながりました。

-ワイヤレス電力を作ろうとしていたわけではなく、ある意味、偶然の産物だったんですね。

その通りです。これは常々感じていることですが、エンジニアに対して「この問題を解決してほしい」と依頼すると、彼らは目の前にあるツールを使って解決しようとします。そこにないツールには目を向けようとしない。でも、科学は、コモンセンス(一般常識)ではありません。例えば、車に2倍のガソリンを入れたら、2倍の距離を走行する。これは常識ですが、2つのアンテナで受信機に送電した場合、2倍ではなく4倍のエネルギーを送ることができるんです。既存の知識や経験にとらわれずに、新しく発想することが求められる領域だと思っています。

-口で言うのは簡単ですが、それを実践するためのコツのようなものがあれば教えてほしいです。

私の口癖は「Imagine」(想像してみよう)です。あらかじめ用意された線路をたどっても、みんなと同じ場所にしか到達できません。まだ世の中に存在しないものを実現するには、信じて飛ぶしかないことがあるんです。もちろん、行き止まりで落胆することもありますし、その問題が重要であればあるほど、強固な壁にぶつかるものです。そんな時は、目の前の壁に振り回されず、最終的なゴール、自分たちが実現したいことの価値を考えること。たどり着く先が見えると、一つ一つの壁は小さく見えるものです。

-Cotaを開発する上で、最大の課題は何でしたか?それをどう乗り越えたかを聞かせてください。

一番難しかったのは、そもそもCotaが実現可能であることを人に説得することでしたね。まだ全くプロダクトがない状態ですし、投資家にワイヤレス電力の話をしても誰も信じてくれない。私は既に、中東のヨルダンでSIerを創業し、実績もあったので、それを知っている家族や友人が資金を出してくれました。チームが増えて研究開発が進み、製品化が具体的になってきたことで、今では資金調達もしやすくなりました。1カ月ほど前にも、新たなラウンドの資金調達を終えたばかりです。

Cotaと相性がいい日本

-Cotaは、東京のような人口密度の高い場所では特に有効ですよね?今から楽しみです。

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そうですね。人口密度が高ければ、それだけデバイスの数も多く、Cotaへの需要があると考えられます。私たちが、リクルートというパートナーを迎え入れて日本市場への参入に積極的な理由は、日本が先進的な社会だからです。過去50年間、日本という国は常に新しい技術を取り入れており、スマートフォンの導入もいち早く行いました。そんな社会なら、Cotaへの関心また需要も高いだろうと見込んでいます。

-ワイヤレス電力自体がまだ夢のような話に思えるのですが、Cotaが製品化されて消費者の手元に届くのはいつ頃になりそうですか?

消費者向けのCotaに関しては、2015年の終わりに製品が完成する予定です。翌年2016年には、家電量販店などで販売できるでしょう。スマートフォンのカバー式の製品も提供するです。世間には、Cotaのようなワイヤレス電力の技術を、「Startrek technology」(スタートレック・テクノロジー)と呼ぶ人もいます。スタートレックの映画に登場するカーク船長が、自分のフェイザー(兵器)の充電切れにあたふたするシーンは存在しないからです。 Cotaの技術が、それを現実のものにしてくれるはずです。


ユーザーベース拡大にレバレッジを効かせる「コマーケティング」 Uber Japan髙橋社長が語る成功の秘訣とは

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ヒト、モノ、カネ、あらゆるリソースに制約を抱えるベンチャー企業は、どのようにしてユーザー数を拡大していけばよいのでしょうか。その1つの解であろう「コマーケティング(co-marketing)」というコンセプトを紹介します。

コマーケティングとは、複数のベンチャー企業がパートナーシップを組むことでお互いのリソースを活用し、マーケティングにレバレッジを効かせる手法のことです。

今回は、そのコマーケティングに、日本、そしてグローバルで先駆的に取り組んできたハイヤー、タクシー配車アプリ「Uber」の日本法人社長 髙橋正巳氏に、企画、実施の秘訣を聞きました。

 

Uberの「マジカル」な体験をしてもらうために

-日本での事業展開とこれまでの実績は?

Uberはアメリカ・サンフランシスコで2010年に開始し、現在世界50カ国、230都市以上でサービスを提供しています。日本では東京で昨年11月から試験運用を行い、今年3月に正式にサービスを開始しました。黒塗りのハイヤーを呼ぶ「UberBlack」は日本上陸当初から展開し、今年8月からはタクシーを配車する「uberTAXI」、ハイクラス車種のタクシーを呼べる「uberTAXILUX」をサービスラインに追加しました。

Uberの特徴は、車を1台も自社で保有せず、ユーザーとドライバーをつなぐプラットフォームを提供するテクノロジーカンパニーであること。日本では旅行代理店業として運営しています。東京でサービスを開始した直後、参考値として、他の大都市と比べて2〜3倍の需要がありました。高品質なサービスに対する期待が高いのだと思います。

サービスがこれほどまでに広がっているのは、“2タップでハイヤーやタクシーが呼べる”、“キャッシュレスでクルマを降りられる” という、便利かつこれまでになかった斬新な機能をUberが世界で初めて提供したからだと考えています。スマートフォンの位置情報機能を使って現在地まで車を呼び、アプリのクレジットカード決済機能を使うことで降りるときに小銭を探す手間がなくなりました。

他社が提供している配車アプリとは、Uberは全く異なる新しいマーケットを作っていると考えます。Uberはハイヤーからタクシーまで幅広いラインアップを提供しており、接待などのビジネスユースから、記念日のイベントの送迎や普段使いなどの個人ユースまで、さまざまなニーズに応えられる点はユニークだと思います。

 

-Uberのマーケティング戦略は?

マーケティング上、最も重要だと考えていることが、ユーザーに実際にサービスを体験してもらうということです。ウェブサイトや他の人からのクチコミでサービスについて知ってもらうことも大切ですが、“2タップでハイヤーやタクシーが呼べる”、“キャッシュレスでクルマを降りられる”、そういったUberの「マジカル」な体験をしてもらいたいと考えています。

私もサンフランシスコに住んでいた頃に、初めてUberを利用したときのことは今でも鮮明に覚えています。ことわざの“Seeing is believing.(百聞は一見に如かず)”ならぬ、“Riding is believing.”という考えに基づき、さまざまな企画に取り組んでいます。

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今年7月に実施した、イタリアンジェラートを届ける「Uber アイスクリーム」の取り組み

 

金銭的なやり取り一切なし。Win-Winでユーザーを増やす

実施している施策は大きく2つに分けられます。これが今回のテーマである「コマーケティング」に関わる部分です。

1つは、「オンデマンド型」。パートナー企業ごとに異なる企画を展開するパターンです。Uberは、人だけでなく、いろんなものを運べる汎用性の高いプラットフォームです。例えば、今年7月には、世界144都市で、1日限定で“アイスクリーム”を運ぶ企画を実施しました。アプリの車両選択の画面で、ハイヤーに加えアイスクリームという選択肢を設けました。

日本では「GROM」というイタリアンジェラートのブランドと、同じ施策を展開し、ユーザーにジェラートとUberオリジナルのサングラスをセットで届けました。“アプリで呼んだらすぐに来る” “キャッシュレスで利用できる”というサービスの特徴を、一味違った形で疑似体験してもらう企画でした。マーケティングに限らず、Uberは常にサプライズを提供することを大切にしています。

もう1つは、「プロモーションコード型」。さまざまな業界・業種の企業のサービスと、Uberの配車サービスを組み合わせてユーザーに提供するものです。例えば、特に反響の大きかったものでは、有料会員制のレストラン予約サービス「LUXA RESERVE(ルクサ リザーブ)」でサインアップするとUberのプロモーションコードをプレゼントするという企画。ハイヤーとレストランの組み合わせは評判でした。

カップル専用アプリ「Between(ビトウィーン)」と「AEONシネマ」との企画では、抽選で5組のカップルに、都内から、横浜・みなとみらいの映画館までハイヤーで移動できるUberのプロモーションコードと、イオンシネマみなとみらいで開催される映画『ホットロード』試写会ペアチケット、そしてみなとみらいの夜景が見えるカフェスペース「Café 35mm」で使えるドリンクサービスをプレゼントしました。

こうした少し特別なシーンを演出する企画もあれば、どこかの企業とコラボレーションして社員限定でプロモーションコードを配布するような、よりシンプルな企画もあります。そこまでターゲットユーザーや訴求する利用シーンは絞り込まず、また企業との金銭的なやり取りが発生しないWin-Winな形でそれぞれ実現しています。

 

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カップル専用アプリ「Between」と実施した、恋人たちを映画館まで送迎する取り組み

 

相手が大企業でも口説ける

-コマーケィングを成功させる秘訣は?

まず、ターゲットはUberを利用したことがない人たちです。彼らにUberのサービスとはなんぞや、ということを伝えなければなりません。企画を考える上では、ただプロモーションコードを配布するだけではUberの価値を理解してもらえないということが分かってきました。「Uberが可能にする魅力的な体験」を企画することが、認知度と利用者数を高める上でとても大切です。

もう1つは、パートナー企業とのコミュニケーションです。具体的な企画を提案、検討する前に、相手がリーチしたいターゲットやコラボレーションのねらいを聞き、きちんと理解することが、企画においても、オペレーションにおいても重要です。

-ベンチャーにとっての、コマーケティングのメリットは?

新しい企業ほど、Facebookページのフォロワー数やユーザーベースの規模は小さいはずですから、自社だけでリーチできるユーザーも限られていると思います。資金面での制約もあるでしょう。コマーケティングは、自社だけではリーチできなかった潜在ユーザーと1対nでコミュニケーションが取れる有効な手段です。多くの顧客を抱える企業と組めば、それだけポテンシャルが大きくなります

ベンチャーが自社よりも規模の大きな企業を口説く難しさはたしかにあると思います。Uberの場合、時にはアイスクリームを、時には子猫を、時にはヘリコプターを呼べるような、かっとんだ企画を繰り返しやってきました。そのうちに、“Uberとだったら、なにかおもしろいことができるかもしれない”と期待をかけられるようになるものです。

また一方で、“Done is better than perfect.”。初めから大きな企画を成し遂げようとするのではなく、まずはライトな形でもやってみることが大事。マーケティングに限らず、Uberでは難易度が高すぎることに時間をかけてやるよりは、できる範囲のことを着実にやることを重視しています。

-今後の展開について、お聞かせください。

おかげさまで、ハイヤーからタクシーまで幅広いラインアップを提供できるようになりました。東京のユーザーの皆さまにさらに利便性の高いサービスをお届けできるようにしていきたいです。日本でのサービスをスケールできると判断したタイミングで、新しいサービスの展開、エリア拡大も模索していきたいと思います。

今回、Uberの広報部のお申し出によりHRナビ読者限定のクーポンコードの配布が実現しました。初めて乗車される方を対象に割引されます。取材を単なる取材で終わらせない。その姿勢こそが、Uberが次々とコマーケティングを実現させている理由なのかもしれません。

Uberの「マジカル」な体験をぜひこの機会に。

【Uber Japan × HRナビ クーポンプレゼントキャンペーン】

■コード:hrnavi

■割引: 初回のご乗車に限り4,000円までご乗車いただけます。ハイヤーのみに適用されます。

■有効期限: 2015年1月31日

■応募条件
※UBERを利用して初めてご乗車される方

■利用方法
※無料コードのご利用には、UBERアプリのダウンロードが必要となります。「プロモーション」という箇所にコードをご入力いただきますと、自動的に初回のご乗車にてコードが適用されます。

■注意事項
※換金および権利の譲渡はできません。
※お一人様1回とさせていただきます。
※利用エリア(六本木・渋谷・恵比寿・青山・表参道・広尾・麻布・白金高輪・溜池・霞ヶ関・汐留・新 橋・銀座・丸の内・日 本橋などを中心とした東京エリア)が限られておりますので、ご確認ください。
※UBERに関するご質問はsupporttokyo@uber.comま でお問い合せください。
※本コードはハイヤー配車を行う時のみ、ご利用いただけます。TAXI、プレミアムTAXIではご利 用いただけませんので ご了承ください。
※4,000円未満のご利用の場合でもおつりは出ません。
※4,000円を超えた部分はお客様のご負担となります。
https://www.uber.com/cities/tokyo


「地方のデメリットは”潰れないこと”」アラタナが地方起業で「エンジニア」と「投資」を獲得できた理由

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2012年、福岡市が「スタートアップ都市宣言」を行い、2014年にはスタートアップを目指す人たちが交流するためのスペースとしてスタートアップカフェが立ち上がった。大阪では今年の11月に阪急電鉄がスタートアップに向けたビジネス創出を支援する会員制オフィス「GVH #5」を開設するなど、地方からスタートアップを生み出そうという動きが各地で見られるようになってきた。それに伴って、起業する際の拠点を東京以外にしようという動きも増えてきている。

宮崎を拠点に、ネットショップの立ち上げから、運営の効率化まで、ECに関わるすべての業務をワンストップでサポートするITベンチャー、アラタナ

月間1,600 万PV を誇る国内最大級のファッションウェブメディア「honeyee.com」を運営するハニカム、セキュリティー事業を手がけるゲヒルンなど、東京の企業を買収し、宮崎から存在感を発揮する注目のITベンチャーを経営する濵渦伸次氏に、地方拠点のITベンチャーのリアルについて聞いた。

 

「宮崎はエンジニアの採用がしやすい」

東京ではどのITベンチャーもエンジニアを探しており、慢性的に供給不足な状態が続いている。一方で、地方に目を向けると事情が変わってくる。濱渦氏も「宮崎はエンジニアの採用がしやすい」と語る。

「エンジニアの採用において、宮崎には競合が少ないのが大きいです。都内にはアラタナと同じような給与水準の会社はたくさんありますが、宮崎にはあまりない。またエンジニアが求められる現場も歯車の1つになって受託開発を行うといった所が多い中、アラタナのように自社でサービスを開発している企業は非常に魅力的に映るようです。それもあって優秀なエンジニアを採用することができています」

地方だとエンジニアの採用がしやすいというのは、最初から狙っていたことだと濱渦氏は語る。

 

なぜわざわざ東京の営業所をなくしたのか?

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アラタナもかつては東京に拠点を設けていたが、現在は、宮崎だけに拠点を集中させている。拠点をなくした際にも、売上が下がることはなく、成長は多少鈍化したけれども、それもしばらくしてまた伸び始めたそうだ。

東京に拠点を出した当時は、東京に進出することへの憧れのような思いがあったという。だが、次第に社内の足並みが乱れ始めた。

「東京案件、宮崎案件という言い方をし始めたり、東京で採用した人たちは宮崎への愛がなかったりと、業績は伸びたけれど、社内に『歪み』がでてきていたんです」

宮崎に来られる人は来てほしい、そう考えて濱渦氏は一度東京の拠点をなくし、メンバーに宮崎に来てもらったという。それにより、宮崎のDNAと宮崎の本社にあるアラタナらしさを、メンバーにも持ってもらうことを重視した。

今ではSkypeやハングアウトを使って会議を行い、電話やメールなどの連絡手段で全国の顧客とのコミュニケーションをとっている。数千万円規模の案件でも一度も会うことなく仕事を進め、納品し終わった後に初めて挨拶をすることもある。

「時間をとって実際に会いに行くことは、お客さんにとっても負担がかかります。会わないほうが互いのコストを減らせるのであれば、リモートで完結させられるほうがいいですよね」

リモートで仕事が完結するのであれば、働く場所はたしかに東京でも宮崎でも変わりはない。

 

市場が整い、地方への移住がポジティブな選択肢に

クラウドソーシングなど、場所を選ばない働き方が広まってきており、ラップトップと自分の身体があれば、どこでも仕事ができるようになってきている。

「東京じゃなくても、大きい仕事がとれる環境、技術を伸ばせる環境があることが徐々に浸透してきて、市場の環境が整ってきていいます」

以前は東京でしかできなかったことが、宮崎でも可能になってきていると濱渦氏は語る。東北の震災後はネガティブな理由での移住が多かったが、最近はポジティブに移住を検討する人が増えてきているという。

よく語られることだが、地方は東京と比較して生活コストが低い。アラタナの社員も、東京で一人暮らしをするぐらいの家賃で、オフィスの近くに家族で住むことができる。そのため通勤時間も節約でき、浮いた時間を家族と過ごす時間に充てたり、勉強の時間に充てられる。

生活コストが低いことで、さまざまな会社のランニングコストも下げることができる。人件費もそうだし、交通費や福利厚生などもそうだ。アラタナでは交通費や家賃補助にかかる費用を抑えることができたため、部署をまたいでくじ引きでランチ相手を決めてランチをする「シャッフルランチ」の時間を設けたり、部活動を奨励したりと、社内交流を活発にするような制度にお金を出している。

「東京では当たり前にかかるコストを削減して、会社が生き生きすることのためにお金をかけられるのが地方の利点ですね」

 

地方のデメリットは”潰れない”こと

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地方に拠点を構えることで原価を抑えることができる。だが、濱渦氏は売値を下げることはしないという。

「よく地方に拠点を持つ企業は、原価から価格を決めてしまいがちです。東京の会社は提供価値から価格を決める。アラタナもそうしています」

売値を下げずに勝負できるのは、Eコマースに特化したからこそ可能になったこと。特化して取り組むことで市場の基準より高いクオリティーのサービスを提供できているためだ。

地方は会社も社員の生活もランニングコストが下げられる。そのため、チャレンジしなくても存続できてしまう。濱渦氏は、チャレンジしなくても存続できてしまう環境が、地方に拠点を構えるベンチャーのデメリットだと考えているという。

「アラタナは、Eコマースを専門としているテクノロジーの会社です。年々技術は進歩していくため、それに伴ってEコマースのシステムも進化させていく必要があります。アラタナはエンジニアが長く働きやすい環境を作り、エンジニアが経験を蓄積できていることが、この業界で仕事を続ける上での強みとなっています。また、Eコマースに特化したことで業界のスタンダードよりも高い価値を提供でき、おかげで売値を下げずに勝負ができていますし、出資も受けられています。

 

地方ITベンチャーのファイナンス

アラタナも資本が蓄積されるまでは苦労があった。現在では、アラタナは資金調達を行え、開発に注力する余裕を確保できたが、地方にはまだまだ資金調達に関する情報が少ない。

地方ITベンチャーにとって資金調達のハードルが高い理由の1つは、ベンチャーキャピタルとのつながりがなく、きっかけがないこと。もう1つは、受託をしながらサービス開発をしている状態では、ベンチャーキャピタルからの出資を受けにくいことがある。受託の仕事をしながらではサービスにフルコミットすることは難しく、フルコミットしない状態ではサービスを大きく成長させていくことはできない。投資家は大きく成長しない事業への出資には積極的にならない。

アラタナはエクイティデットとの組み合わせで10億円ほどの資金調達をしている。最初は宮崎太陽キャピタルからエクイティで3,000万円を調達した。この資金で受託よりもサービス開発を強化。この段階でベンチャーキャピタルに出資話を切り出す余裕ができた。

次に、九州を中心に活動しているDOGANからデットで6,000万円を資金調達している。初期に出資しているのは宮崎や九州を拠点にしている金融機関。アラタナの拠点が宮崎であることや、将来的に1,000人の雇用を生み出すことを目標としていたことが、出資に有利に働いたと考えられる。

2社の地元金融機関から資金を調達して、会社の基盤を作り、ユーザー数を拡大した後、GMOやジャフコなど大手ベンチャーキャピタルへ出資依頼を始めたという。

アラタナは投資と融資のハイブリッドで資金調達を実施している。濱渦氏は、サービスを大きくする上では、投資を受けることが重要だと考えている。

「融資だと堅実さが求められ、大きなチャレンジがしづらいですが、投資だとベンチャーキャピタルから良いプレッシャーがかかってきます。サービスを大きくしていくためにプレッシャーは重要ですね」

地元の金融機関から資金調達を行ってサービスを開発し、サービスが大きくなってきたタイミングで大手ベンチャーキャピタルに出資をしてもらう。融資だけでサービスが回りそうになっても、あえて投資を受けることでチャレンジしようという気持ちを奮い立たせることも、地方発のベンチャーにとっては重要になるだろう。

 

子会社がグループのスパイスに

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南国やリゾートのイメージが強い宮崎だが、宮崎だから楽しいとか楽だというのではなく、「たのくるしい」くらいがちょうどいいとアラタナでは考えているという。

宮崎を拠点にしていると、周りにベンチャー企業もほとんど存在せず、社員にベンチャーとしての意識を持ち続けてもらうのは簡単なことではないだろう。アラタナでは買収した子会社との交流によって社員に刺激を与えている。

アラタナが買収したハニカムとゲヒルン。ハニカムの買収目的はその編集部。BASEやStores.jpの登場により、今後コマースサイトの立ち上げは無料化していく。その流れの中で、重要になってくるのは「ECをメディア化することでファンを獲得していくこと」だ。これを機械化することは難しいため、優秀な編集メンバーがいるハニカムと協働してサービスを開発している。

ゲヒルンを買収したのは、ホスティングとセキュリティーが目的だった。ゲヒルンは社内がハッカーばかりの、平均年齢は約20歳という会社。案件実績の中には、銀行のセキュリティーシステムも担当している、高い技術力を持った会社だ。

アラタナは、Eコマースに必要だけど足りないものはM&Aで補っていく方針を持っている。買収する企業は、アラタナの延長線上にそのスキルがあるかどうかを軸に判断している。編集やセキュリティーといったものはアラタナが持つスキルの延長線上にないものだったのだ。

こうした特徴的な会社を子会社にし、グループ全体で人材を交流させ、宮崎をコアとしながらも、ダイバーシティのあるグループを作っていこうとしている。

 

小さくまとまらないこと

「今、地方が活性化しているといわれていますが、その多くは、大企業の工場などのコストセンターが、ただ増えているだけだと捉えています。この状況が変わっていけばいいなと思います」

そう濱渦氏は語る。こうした状況が変わっていくためには、地方を拠点としたITベンチャーが生まれ、成長していくことが必要だ。

アラタナのスタンスやアプローチは、これから地方でITベンチャーを立ち上げようとしている人たちにとって参考になる部分が多いはずだ。

アラタナは現在、フィリピンに開発拠点を作り、アジアへの進出を視野に入れている。地方を拠点にしながらも、東京だけでなく、世界を視野に入れて挑戦するアラタナの後に続くベンチャーの登場に期待したい。