面倒なパスワードや指紋認証がいらなくなる!? 心臓の鼓動で生体認証する「Nymi」とは?

141209_nymi_image1_580

私たちが、肌身離さず持ち歩き、毎日幾度となく触るスマートフォン。毎日、何時間とにらめっこしているコンピューター。これでもか、というほど使っているにも関わらず、私たちは、自分が持ち主であることを証明するために度重なるパスワード入力や指紋認証を余儀なくされています。そんなの馬鹿げている、と立ち上がったのが、2011年に設立されたカナダの企業 Bionym社です。

CEOのKarl Martin(カール・マーティン)さんが率いる40名のチームが開発するのは、リストバンド形状のウェアラブル「Nymi(ニーミ)」です。Nymiは、人それぞれに固有だという「心臓の鼓動」を使うことで、生体認証してくれる画期的なウェアラブルです。2014年内には初期出荷を予定するNymiについて、マーティンさんにお話を伺いました。

 

面倒なパスワード入力や指紋認証を排除

-ウェアラブルプロダクトNymiの概要を教えてください。

Nymiは、心臓の鼓動を用いて生体認証を行うリストバンドです。人間の指紋が人それぞれ固有のものであるように、心拍のリズムも同じく個々人で固有です。この心拍のリズムを活用することで、指紋認証や顔認証のように個人を特定することができるのです。Nymiのリストバンドをつけているだけで、デバイスの認証解除から、家やオフィスの扉のカギなど、物理的な空間のロック解除もできます。

 

-Nymiと、その他のテクノロジーとの違いはどこでしょうか?

Nymiの特徴は、「持続性」のコンセプトにあります。Nymiの初回利用時に設定をして手首につければ、それをつけ続けている限り、常に認証された状態です。つまり、Nymiをつけている間は、パスワード入力などを一切する必要がないのです。また、あなたがNymiを外して、それを誰かが拾ったとしても、手首から外すとユーザー認証が解除されるため、登録していない他人がつけても認証される心配はありません。

 

-Nymiをつけていることで、自分のことを伝えたくない先に、自分の情報が渡ってしまうようなことはないのですか?

プライバシーは、非常に重要な問題です。もし、Nymiを正しく開発できないと、プライバシーを大きく侵害してしまう可能性があります。Nymiが重要視するのは、「ユーザーにコントロールを与えること」です。スマートフォンや決済システムなど、Nymiに連携するすべてのデバイスは、あなたがオプトインして設定するものです。もちろん、不要になれば設定を解除できます。また、Nymiと連携させているアプリケーション同士がつながって、個人を特定する心配もありません。

 

-例えば、病気だったり、走った直後などでも、Nymiは問題なく動作するのでしょうか?

はい、さまざまな心拍のリズムを読み取ることができるため、問題ありません。ここは勘違いされることが多いのですが、そもそもNymiは四六時中、持ち主の心電図を測っているわけではないのです。心電図を測るのは、あくまでNymiを着用した初回時のみです。その後は、それをつけている限り、あなたを認証し続けるという仕組みです。ですから、運動をしてどれだけ心臓が早く打っていようと関係なく機能します。

 

生体認証の根本的な課題解決がしたい

141209_nymi_image2_580

-Nymiは、開発当初、トロント大学の研究の一環として始まったと聞きました。マーティンさんも、その研究に携わっていたのですか?

そうですね。今はもうBionymを離れてしまった、わが社の共同ファウンダーと共に、私はバイオメトリクス(生体認証)の研究をしていました。Nymiの心電図(ECG)認証の技術は、この研究から生まれたものです。当時はまだ単なるアルゴリズムでしたが、その技術を買って、Bionymを立ち上げたのが3年半前です。最初は、技術のライセンス販売を検討していましたが、立ち上げから2年ほどして、ウェアラブルという形状にして製品化することを決めました。

 

-Nymiをウェアラブルにしようというアイデアは、どうやって生まれたのですか?

私たちは、この技術をうまく活用する方法を模索していました。例えば、ビデオゲームのコントローラーに搭載してみようとか。でも、結局、どれも「人が認証される」という行為を根本的に変えるものではなく、また、人とテクノロジーとの接し方を変えるようなアイデアではありませんでした。例えば、iPhoneなどのスマートフォンは指紋認証ができますが、四六時中ポケットに持ち歩いているデバイスにも関わらず、触る度に指紋認証をして、自分が持ち主であることを証明する必要があります。生体認証にまつわる根本的な課題解決ができなければ意味がない、と考えるようになりました。また時を同じくして、市場ではウェアラブル技術への関心が高まっていたので、「根本的な解決とウェアラブルを組み合わせたら?」と考えたことがきっかけでした。

 

-Nymiの構想を具体的に製品化するための資金調達はどうしましたか?ハードウェアスタートアップには、Kickstarterなどのクラウドファンディングを使うところも多いようですが。

まだ構想のみで、プロダクトが存在しなかった2013年8月に、拠点であるトロントの出資家たちから140万ドルのシード投資を受けました。さらに、今年5月と8月の2回に分けて、シリーズAを調達しています。私たちがしたかったのは、資金を調達することではなく、Nymiの需要がどれだけあるかを立証することでした。ハードウェアは、ソフトウェアのように簡単にピボット(方向転換)できませんから。それをKickstarterで行うのか、それとも独自にサイトを立ち上げて事前予約を受けるのか。Kickstarterを使ってしまうと、予約の時点で既に支払いを済ませている人を1年もの長い期間待たせてしまうことになると考え、自社で行うことにしました。

 

デベロッパーキットの提供で広がるNymiの可能性

-最初は、スマートフォンとコンピューターの生体認証に使えるということですが、今後、そこにいろいろなデバイスが追加されていくのですか?

そうですね。現時点では、スマートフォン、コンピューター、そしてタブレットが対象です。でも、カナダでは、Mastercardや地元の銀行などと組んで、お店での購入時に、クレジットカードやキャッシュレスで支払えるプロジェクトを試験運用しています。今後、このような試みを増やしていく予定です。また、Nymiのデベロッパーコミュニティがあるので、個人の開発者などがNymi専用のさまざまなアプリケーションを開発してくれています。

 

-当初から、デベロッパーキットを提供して、オープン プラットフォームの形で開発を進める方針だったのですか?

もちろんです。Nymiの価値は、そのプロダクトそのものより「いかに多くのアプリケーションと機能するか」だと考えています。Nymiは、ただ、ものやデバイスのロックを解除するためのツールではありません。むしろ、「パーソナライゼーション」にこそ、可能性を感じています。2013年9月に試験リリースして間もなく、デベロッパーコミュニティを開設しました。いろいろな方に、少しでも早くNymiのアプリケーションの可能性を考えてもらうためです。既に、個人デベロッパーから、オフラインの家庭やオフィスのセキュリティを事業にしているような企業まで、さまざまな方が参加してくれています。

 

-パーソナライゼーションというのは、具体的にどういったことですか?

現在は、自分が自分であることを証明するために、パスワード、PINコード、キーといったものが存在し、ユーザーの労力を要します。それが手間であることを理解しているため、どうしても必要な時にだけ確認をする仕組みです。もし、本人確認を、ただ何かを身につけるだけの簡単なものにできれば、そこから、さまざまなものをパーソナライズするために使えるようになります。例えば、レストランに入るとすぐに、あなたの食の好みやアレルギーがわかったり、スマートオフィスに足を踏み入れれば、あなたの体調などに合わせて室温が変化したり。そんなあらゆる可能性を実現するためにも、デベロッパーコミュニティの皆さんの創造性を発揮してもらいらたいと考えています。

 

ハードウェア開発はやりがいのあるチャレンジ

141209_nymi_image3_580

-Nymiを開発する上で最も難しかったことを教えてください。

ウェアラブルテクノロジーが必ず直面する課題の1つは、人間の身体サイズの幅です。リストバンドの大きさなど比較的シンプルなことですが、Nymiの場合、それに加えて、シグナルを使って心拍のリズムを測るため、どんな身体でも機能するセンサーを見つける必要がありました。また、ウェアラブルは肌に直接触れるものですから、アレルギーを持つ人が使えないのでは困ります。実際、Fitbitは、ニッケルを使用していたためアレルギー反応を起こしてしまうという問題がありました。こうしたさまざまな課題を、まだNymiを実際に使っている人が少ない状態でクリアするのは難しい挑戦でしたね。

 

-最近では、ハードウェア系のスタートアップがたくさん登場していて、もの作りがしやすくなったという声があります。Nymiの開発を通じて、その点はどう感じますか?

スタートアップというのは、何もないところからプロダクトを作って、それを市場に届けることですよね。過去10年間に誕生したスタートアップのほとんどが、ソフトウェア関連でした。SaaSなら、コンピューターにインストールしてもらう必要すらないため、一層やりやすいものです。一方、ハードウェアとなると、また話は別です。世間では、ハードウェアを作るのが簡単になったという意見もあるようですが、それはあくまで3D プリンティングやRaspberry Piなどによって、「プロトタイプの開発」が楽になったに過ぎません。消費者に届けられるプロダクトを開発する難しさは、過去も今も変わらないでしょう。資金も経験も必要でチャレンジもたくさんありますが、まだ世にない全く新しいものを届けるチャンスだと捉えています。

 

-「ウェアラブル」という言葉がバズワードのようになって久しいですが、ウェアラブルはこれからどうなっていくとお考えですか?私たちの生活に浸透するまでに、どれくらいかかるでしょうか。

ウェアラブルテクノロジーは、まだまだ新しい概念です。開発初期、Nymiがウェアラブルであることを人に紹介すると、「既に色んなウェアラブルがあるのになぜ?」と聞かれました。確かにさまざまなプロダクトが存在しますが、まだ、これといって浸透しているものはなく、人の「手首」という部位をどんなプロダクトが勝ち取るのかは見えていません。それはApple Watchかもしれないし、Samsungのスマートウォッチかもしれない。また、今後はファッションブランドがウェアラブルを手掛けるようになると思っています。現在、この領域に挑戦するのはテクノロジー企業ですが、ファッション性が弱い。ファッションブランドが、人が身につけたくなるようなウェアラブルを開発するのではないかと見込んでいます。

 

既存インフラとの組み合わせにある可能性

-Nymiの出荷予定時期は? また、社内では既に使っていますか?

年内には、事前予約をしてくださった方々に出荷する予定ですので、一般の利用者からのフィードバックが集まるのはそれ以降ですね。社内の人間は、既に使っています。今はNymiで、スマートフォンとコンピューターのロック解除ができるので、社内ではWindowsのコンピューターを認証するために使っています。Nymiをどう活用するかのアイデアはたくさんありますが、ユーザーに実生活で使ってもらうことで需要を確かめることができると思っています。

 

-どんな人たちがNymiに興味を示していますか?特定の人たちからの関心が高いようなことはありますか?

まず、テクノロジーへの関心が高いアーリーアダプター(初期採用者)がいます。フィットネスや健康関連のウェアラブルはいろいろ存在するものの、Nymiのような生体認証をコンセプトにするものは他になく、試してみたいというユーザーさんが集まっています。また、置き忘れ時のセキュリティを懸念する、頻繁に旅行する人からの関心も高いです。スマートフォンをほぼコンピューターのように使っているので、万が一、それを落としてしまったりすると、他人に仕事のメールや口座情報を見られてしまうリスクがある。そんな、人によっては5年に一度発生するかしないかの可能性があるため、パスワードや指紋認証などが保険として存在するわけですが、Nymiがあればそんな手間からも解放されますから。

 

-Nymiは、今後もウェアラブルという形状で提供していくのですか?長期的な構想があれば聞かせてください。

今はリストバンドという形ですが、Nymiの技術がハードウェアの形をとる必要はないと考えています。もしかすると、サードパーティのウェアラブル製品に私たちの技術を搭載することだってあるかもしれない。そこにはさまざまな選択肢がありますし、そういう意味では、私たちが開発しているのはプラットフォームであるといえます。

 

-Nymiにとって、日本市場の可能性をどう感じていますか?

日本からも、かなりの数の事前予約が集まりました。また、リクルートから資金調達もしています。日本には日本の、ヨーロッパにはヨーロッパ独自の、交通手段や決済システムがインフラストラクチャーが存在します。特に日本のインフラは他国に比べても高度です。既存のインフラストラクチャーと組み合わせることでNymiの価値が高まると思っているので、日本の企業ともいろいろな可能性を模索したいと考えています。

 


「地方のデメリットは”潰れないこと”」アラタナが地方起業で「エンジニア」と「投資」を獲得できた理由

141129_aratana_image1_580

2012年、福岡市が「スタートアップ都市宣言」を行い、2014年にはスタートアップを目指す人たちが交流するためのスペースとしてスタートアップカフェが立ち上がった。大阪では今年の11月に阪急電鉄がスタートアップに向けたビジネス創出を支援する会員制オフィス「GVH #5」を開設するなど、地方からスタートアップを生み出そうという動きが各地で見られるようになってきた。それに伴って、起業する際の拠点を東京以外にしようという動きも増えてきている。

宮崎を拠点に、ネットショップの立ち上げから、運営の効率化まで、ECに関わるすべての業務をワンストップでサポートするITベンチャー、アラタナ

月間1,600 万PV を誇る国内最大級のファッションウェブメディア「honeyee.com」を運営するハニカム、セキュリティー事業を手がけるゲヒルンなど、東京の企業を買収し、宮崎から存在感を発揮する注目のITベンチャーを経営する濵渦伸次氏に、地方拠点のITベンチャーのリアルについて聞いた。

 

「宮崎はエンジニアの採用がしやすい」

東京ではどのITベンチャーもエンジニアを探しており、慢性的に供給不足な状態が続いている。一方で、地方に目を向けると事情が変わってくる。濱渦氏も「宮崎はエンジニアの採用がしやすい」と語る。

「エンジニアの採用において、宮崎には競合が少ないのが大きいです。都内にはアラタナと同じような給与水準の会社はたくさんありますが、宮崎にはあまりない。またエンジニアが求められる現場も歯車の1つになって受託開発を行うといった所が多い中、アラタナのように自社でサービスを開発している企業は非常に魅力的に映るようです。それもあって優秀なエンジニアを採用することができています」

地方だとエンジニアの採用がしやすいというのは、最初から狙っていたことだと濱渦氏は語る。

 

なぜわざわざ東京の営業所をなくしたのか?

141129_aratana_image2_580

アラタナもかつては東京に拠点を設けていたが、現在は、宮崎だけに拠点を集中させている。拠点をなくした際にも、売上が下がることはなく、成長は多少鈍化したけれども、それもしばらくしてまた伸び始めたそうだ。

東京に拠点を出した当時は、東京に進出することへの憧れのような思いがあったという。だが、次第に社内の足並みが乱れ始めた。

「東京案件、宮崎案件という言い方をし始めたり、東京で採用した人たちは宮崎への愛がなかったりと、業績は伸びたけれど、社内に『歪み』がでてきていたんです」

宮崎に来られる人は来てほしい、そう考えて濱渦氏は一度東京の拠点をなくし、メンバーに宮崎に来てもらったという。それにより、宮崎のDNAと宮崎の本社にあるアラタナらしさを、メンバーにも持ってもらうことを重視した。

今ではSkypeやハングアウトを使って会議を行い、電話やメールなどの連絡手段で全国の顧客とのコミュニケーションをとっている。数千万円規模の案件でも一度も会うことなく仕事を進め、納品し終わった後に初めて挨拶をすることもある。

「時間をとって実際に会いに行くことは、お客さんにとっても負担がかかります。会わないほうが互いのコストを減らせるのであれば、リモートで完結させられるほうがいいですよね」

リモートで仕事が完結するのであれば、働く場所はたしかに東京でも宮崎でも変わりはない。

 

市場が整い、地方への移住がポジティブな選択肢に

クラウドソーシングなど、場所を選ばない働き方が広まってきており、ラップトップと自分の身体があれば、どこでも仕事ができるようになってきている。

「東京じゃなくても、大きい仕事がとれる環境、技術を伸ばせる環境があることが徐々に浸透してきて、市場の環境が整ってきていいます」

以前は東京でしかできなかったことが、宮崎でも可能になってきていると濱渦氏は語る。東北の震災後はネガティブな理由での移住が多かったが、最近はポジティブに移住を検討する人が増えてきているという。

よく語られることだが、地方は東京と比較して生活コストが低い。アラタナの社員も、東京で一人暮らしをするぐらいの家賃で、オフィスの近くに家族で住むことができる。そのため通勤時間も節約でき、浮いた時間を家族と過ごす時間に充てたり、勉強の時間に充てられる。

生活コストが低いことで、さまざまな会社のランニングコストも下げることができる。人件費もそうだし、交通費や福利厚生などもそうだ。アラタナでは交通費や家賃補助にかかる費用を抑えることができたため、部署をまたいでくじ引きでランチ相手を決めてランチをする「シャッフルランチ」の時間を設けたり、部活動を奨励したりと、社内交流を活発にするような制度にお金を出している。

「東京では当たり前にかかるコストを削減して、会社が生き生きすることのためにお金をかけられるのが地方の利点ですね」

 

地方のデメリットは”潰れない”こと

141129_aratana_image3_580

地方に拠点を構えることで原価を抑えることができる。だが、濱渦氏は売値を下げることはしないという。

「よく地方に拠点を持つ企業は、原価から価格を決めてしまいがちです。東京の会社は提供価値から価格を決める。アラタナもそうしています」

売値を下げずに勝負できるのは、Eコマースに特化したからこそ可能になったこと。特化して取り組むことで市場の基準より高いクオリティーのサービスを提供できているためだ。

地方は会社も社員の生活もランニングコストが下げられる。そのため、チャレンジしなくても存続できてしまう。濱渦氏は、チャレンジしなくても存続できてしまう環境が、地方に拠点を構えるベンチャーのデメリットだと考えているという。

「アラタナは、Eコマースを専門としているテクノロジーの会社です。年々技術は進歩していくため、それに伴ってEコマースのシステムも進化させていく必要があります。アラタナはエンジニアが長く働きやすい環境を作り、エンジニアが経験を蓄積できていることが、この業界で仕事を続ける上での強みとなっています。また、Eコマースに特化したことで業界のスタンダードよりも高い価値を提供でき、おかげで売値を下げずに勝負ができていますし、出資も受けられています。

 

地方ITベンチャーのファイナンス

アラタナも資本が蓄積されるまでは苦労があった。現在では、アラタナは資金調達を行え、開発に注力する余裕を確保できたが、地方にはまだまだ資金調達に関する情報が少ない。

地方ITベンチャーにとって資金調達のハードルが高い理由の1つは、ベンチャーキャピタルとのつながりがなく、きっかけがないこと。もう1つは、受託をしながらサービス開発をしている状態では、ベンチャーキャピタルからの出資を受けにくいことがある。受託の仕事をしながらではサービスにフルコミットすることは難しく、フルコミットしない状態ではサービスを大きく成長させていくことはできない。投資家は大きく成長しない事業への出資には積極的にならない。

アラタナはエクイティデットとの組み合わせで10億円ほどの資金調達をしている。最初は宮崎太陽キャピタルからエクイティで3,000万円を調達した。この資金で受託よりもサービス開発を強化。この段階でベンチャーキャピタルに出資話を切り出す余裕ができた。

次に、九州を中心に活動しているDOGANからデットで6,000万円を資金調達している。初期に出資しているのは宮崎や九州を拠点にしている金融機関。アラタナの拠点が宮崎であることや、将来的に1,000人の雇用を生み出すことを目標としていたことが、出資に有利に働いたと考えられる。

2社の地元金融機関から資金を調達して、会社の基盤を作り、ユーザー数を拡大した後、GMOやジャフコなど大手ベンチャーキャピタルへ出資依頼を始めたという。

アラタナは投資と融資のハイブリッドで資金調達を実施している。濱渦氏は、サービスを大きくする上では、投資を受けることが重要だと考えている。

「融資だと堅実さが求められ、大きなチャレンジがしづらいですが、投資だとベンチャーキャピタルから良いプレッシャーがかかってきます。サービスを大きくしていくためにプレッシャーは重要ですね」

地元の金融機関から資金調達を行ってサービスを開発し、サービスが大きくなってきたタイミングで大手ベンチャーキャピタルに出資をしてもらう。融資だけでサービスが回りそうになっても、あえて投資を受けることでチャレンジしようという気持ちを奮い立たせることも、地方発のベンチャーにとっては重要になるだろう。

 

子会社がグループのスパイスに

IMG_3506

南国やリゾートのイメージが強い宮崎だが、宮崎だから楽しいとか楽だというのではなく、「たのくるしい」くらいがちょうどいいとアラタナでは考えているという。

宮崎を拠点にしていると、周りにベンチャー企業もほとんど存在せず、社員にベンチャーとしての意識を持ち続けてもらうのは簡単なことではないだろう。アラタナでは買収した子会社との交流によって社員に刺激を与えている。

アラタナが買収したハニカムとゲヒルン。ハニカムの買収目的はその編集部。BASEやStores.jpの登場により、今後コマースサイトの立ち上げは無料化していく。その流れの中で、重要になってくるのは「ECをメディア化することでファンを獲得していくこと」だ。これを機械化することは難しいため、優秀な編集メンバーがいるハニカムと協働してサービスを開発している。

ゲヒルンを買収したのは、ホスティングとセキュリティーが目的だった。ゲヒルンは社内がハッカーばかりの、平均年齢は約20歳という会社。案件実績の中には、銀行のセキュリティーシステムも担当している、高い技術力を持った会社だ。

アラタナは、Eコマースに必要だけど足りないものはM&Aで補っていく方針を持っている。買収する企業は、アラタナの延長線上にそのスキルがあるかどうかを軸に判断している。編集やセキュリティーといったものはアラタナが持つスキルの延長線上にないものだったのだ。

こうした特徴的な会社を子会社にし、グループ全体で人材を交流させ、宮崎をコアとしながらも、ダイバーシティのあるグループを作っていこうとしている。

 

小さくまとまらないこと

「今、地方が活性化しているといわれていますが、その多くは、大企業の工場などのコストセンターが、ただ増えているだけだと捉えています。この状況が変わっていけばいいなと思います」

そう濱渦氏は語る。こうした状況が変わっていくためには、地方を拠点としたITベンチャーが生まれ、成長していくことが必要だ。

アラタナのスタンスやアプローチは、これから地方でITベンチャーを立ち上げようとしている人たちにとって参考になる部分が多いはずだ。

アラタナは現在、フィリピンに開発拠点を作り、アジアへの進出を視野に入れている。地方を拠点にしながらも、東京だけでなく、世界を視野に入れて挑戦するアラタナの後に続くベンチャーの登場に期待したい。