スマートフォンに代表されるように、私たちの周囲には、ウェアラブルやIoTの製品がますます増えています。こうした電気機器と切っても切り離せないのが、充電の問題。とても便利なスマートフォンですが、充電が切れてしまえば全く使い物になりません。そこには、当たり前過ぎて、私たちが見過ごしてしまっている「不便」があります。
そんな課題に着目し、解決を試みるのが、ワイヤレス電力の「Cota(コタ)」です。その場にいるだけで電子機器が自動的に充電される世界。スマホを含むデバイスから、バッテリーアイコンそのものをなくすことを目指しています。TechCrunch Tokyo 2014でも登壇した、Cotaを手掛けるオシア社の創立者でCEOのHatem Zeine(ハッテム・ゼイン)氏にお話を伺いました。
デバイスからバッテリーアイコンをなくす
-ワイヤレス電力の「Cota」の製品概要を聞かせてください。
Cotaは、世界初のワイヤレス電力テクノロジーです。スマートフォン、リモコン、Google Glassなどの小さなデバイスやウェアラブルを自動的に充電するため、充電切れの心配がありません。「充電する」という行為や手間を、完全に忘れさせてくれるのがCotaなんです。もし、スマートフォンを充電することを一切考えなくてよいとしたら、そもそもスマートフォンにバッテリー残量のアイコンすら必要なくなると思いませんか。常にフル充電の状態なのですから。
-今は、デバイスを購入する際に、充電方式や充電の持ちを確認しますが、その必要もなくなりますね。
その通りです。現在、デバイスには、「インタラクティブ」と「アクティブ」の2種類があります。インタラクティブとは、こちらが起こしたアクションに反応して何かをするデバイス。アクティブなデバイスとは、こちらが何もしなくても常にONの状態になるものを指します。
例えば、スマートフォンは、インタラクティブなデバイスです。人から電話がかかってくれば反応しますが、それ以外の時は、電力を節約するために、基本はスリープ状態です。もしスマートフォンがアクティブデバイスになれば、電話中の会話をもとに待ち合わせの場所をレコメンドしてくれたり、身の回りの安全を確認してくれたりできるようになります。デバイスのあり方そのものが変わるわけです。
-なるほど。ワイヤレス電力によって、すべてのデバイスが「アクティブ」になる未来があると。まさにIoTの世界ですね。
ある市場調査会社は、2020年には250億のIoTのデバイスが存在するだろうと予測しています。でも、250億ものデバイスのすべてを、電源に差し込む、今の充電方式で充電できるでしょうか。ワイヤレス電力であらゆるデバイスがアクティブデバイスになれば、例えば、フォークやナイフなどがすべてデバイス化して、食べているもののカロリーを計算したり、食べ物の熱さを教えてくれたりするかもしれません。それを実現するためには、充電の課題を解決する必要があるのです。
ウェアラブルから医療業界まで多岐にわたる需要
-Cotaでワイヤレス充電できる距離、また、複数デバイスがあった場合にどう充電されるのか気になります。
まず、Cotaの充電ステーション(送電機)のうち、広い範囲をカバーできるタイプを「Local Area Charger」と呼んでいて、9メートルの範囲で電力送信が可能です。もう1種類は、オフィスの会議室のテーブルなどに配置できる「Personal Area Charger」で、2メートルの範囲で送電できます。iPhoneを持っている人が範囲内に入ると、自動的に送電が開始されます。
また、BLE(Bluetooth Low Energy)を使って、デバイス側(受電機)が送電機にバッテリー残量を伝えますので、バッテリー残量の少ないデバイスを優先的に充電できます。この優先順位は設定することも可能です。
-環境への優しさという点ではどうでしょうか?例えば、従来の乾電池などと比べた場合の電力の効率はどうですか?
Cotaの充電式乾電池の提供も予定しています。従来の乾電池の形に、 Cotaの電力受信機を搭載したものです。今は、乾電池が切れてデバイスが動かなくなると、電池取り出して捨てますよね。実は、1本の乾電池を作るためには、乾電池の容量の2,000倍のエネルギーを要するんです。つまり、乾電池の節約は、それだけでエネルギーの節約になります。Cotaの充電式乾電池なら、半永久的に利用することができるため 、地球上に排出される化学物質の量を削減するグリーンエネルギーでもあるのです。
-ワイヤレス電力に関しては、人体への影響なども懸念されていますが、安全性の面はどうでしょうか?
既に、スマートフォンのメーカーなどと共同開発を進めていますが、安全性が確保できていない技術を取り入れる企業はいないでしょう。Cotaは、Wi-FiやBluetoothと同じ周波数を使って充電するため、人体に無害なのです。また、スマートフォンのエミッション信号が2ワットであるのに対して、Cotaは、その半分の電力レベルですので安全だと言えます。
-リリース初期段階では、どんなユースケースを想定していますか?
当初のターゲットは、消費者市場におけるウェアラブルデバイスやスマートフォンなどです。例えば、私もFuelbandなどのウェアラブルデバイスをつけていますが、充電することを忘れてしまうと元も子もありません。また、充電するために身体から外してしまうと、その間のデータ取得ができません。ウェアラブルデバイスの分野は、自動充電による利便性が特に高い分野だと認識しています。
-業界や企業による導入はどうですか? 特に関心が高い業界があれば教えてください。
特に、メーカーや小売り、また医療業界から関心が集まっています。メーカーなら、工場内のすべてのセンサーをワイヤレス電力で充電することも可能になりますし、医療業界では、患者向けの医療機器や手術用機器をワイヤレス充電する需要が非常に高いです。
現在、病院内のさまざまなデバイスは、バッテリーまたはワイヤー充電式です。コードの長さがネックになって、機器の配置や使い勝手が制限されてしまう課題があります。例えば、手術の現場では医療用メスが、血管を閉じて出血を抑える効果のある、熱を使う電気装置に置き換わっています。こうした電気装置をワイヤレス充電式に変えることで、より制限なく手術に望むことが可能になります。
不可能を信じさせるという最大の課題
-Cotaを開発するに至った背景を教えてください。
私はマンチェスター大学で、物理学の研究をしていました。物理学は私にとって情熱そのものです。データコミュニケーションの品質を向上させる方法を模索している最中に、エネルギーをうまく集中させてシグナルを鮮明にすると、膨大な量の送電が可能になることを発見しました。それが、Cotaのワイヤレス電力の発想につながりました。
-ワイヤレス電力を作ろうとしていたわけではなく、ある意味、偶然の産物だったんですね。
その通りです。これは常々感じていることですが、エンジニアに対して「この問題を解決してほしい」と依頼すると、彼らは目の前にあるツールを使って解決しようとします。そこにないツールには目を向けようとしない。でも、科学は、コモンセンス(一般常識)ではありません。例えば、車に2倍のガソリンを入れたら、2倍の距離を走行する。これは常識ですが、2つのアンテナで受信機に送電した場合、2倍ではなく4倍のエネルギーを送ることができるんです。既存の知識や経験にとらわれずに、新しく発想することが求められる領域だと思っています。
-口で言うのは簡単ですが、それを実践するためのコツのようなものがあれば教えてほしいです。
私の口癖は「Imagine」(想像してみよう)です。あらかじめ用意された線路をたどっても、みんなと同じ場所にしか到達できません。まだ世の中に存在しないものを実現するには、信じて飛ぶしかないことがあるんです。もちろん、行き止まりで落胆することもありますし、その問題が重要であればあるほど、強固な壁にぶつかるものです。そんな時は、目の前の壁に振り回されず、最終的なゴール、自分たちが実現したいことの価値を考えること。たどり着く先が見えると、一つ一つの壁は小さく見えるものです。
-Cotaを開発する上で、最大の課題は何でしたか?それをどう乗り越えたかを聞かせてください。
一番難しかったのは、そもそもCotaが実現可能であることを人に説得することでしたね。まだ全くプロダクトがない状態ですし、投資家にワイヤレス電力の話をしても誰も信じてくれない。私は既に、中東のヨルダンでSIerを創業し、実績もあったので、それを知っている家族や友人が資金を出してくれました。チームが増えて研究開発が進み、製品化が具体的になってきたことで、今では資金調達もしやすくなりました。1カ月ほど前にも、新たなラウンドの資金調達を終えたばかりです。
Cotaと相性がいい日本
-Cotaは、東京のような人口密度の高い場所では特に有効ですよね?今から楽しみです。
そうですね。人口密度が高ければ、それだけデバイスの数も多く、Cotaへの需要があると考えられます。私たちが、リクルートというパートナーを迎え入れて日本市場への参入に積極的な理由は、日本が先進的な社会だからです。過去50年間、日本という国は常に新しい技術を取り入れており、スマートフォンの導入もいち早く行いました。そんな社会なら、Cotaへの関心また需要も高いだろうと見込んでいます。
-ワイヤレス電力自体がまだ夢のような話に思えるのですが、Cotaが製品化されて消費者の手元に届くのはいつ頃になりそうですか?
消費者向けのCotaに関しては、2015年の終わりに製品が完成する予定です。翌年2016年には、家電量販店などで販売できるでしょう。スマートフォンのカバー式の製品も提供するです。世間には、Cotaのようなワイヤレス電力の技術を、「Startrek technology」(スタートレック・テクノロジー)と呼ぶ人もいます。スタートレックの映画に登場するカーク船長が、自分のフェイザー(兵器)の充電切れにあたふたするシーンは存在しないからです。 Cotaの技術が、それを現実のものにしてくれるはずです。